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市の「誇り」を一体化したファブリック

市の「誇り」を一体化したファブリック

イスのサンケイホール鈴鹿(鈴鹿市民会館)

2018.02.28

インタビュー

 

「市民のためのイス」 張地が担う地域発信の役割

三重県鈴鹿市の文化を発信する施設であり、コンサート・演劇・映画鑑賞会・講演会・各種大会・各種式典などの会場として、市民に親しまれる鈴鹿市民会館。
1968年12月のオープン以来、ほぼ半世紀が経過したことで、2017年2月より耐震強化やバリアフリー化のための改修・整備が行われ、ホールもリニューアルしました。一新した1,275席のイスの張地に採用されたのは、摩耗に強いモケット調の素材。鈴鹿市のご担当者である出口さんと、弊社テキスタイルデザイナー・澤村との綿密な打ち合わせのもと、デザインには市のシンボル花である「サツキ」を取り入れることになりました。サツキの花が波打って流れていくような印象的なデザインは、市のキャッチコピーである「さぁ、きっともっと鈴鹿。海あり、山あり、匠の技あり」に感じられる「山並み」や「海の波」もイメージ。この「サツキの波」模様は、鈴鹿市民会館を象徴するデザインとして、館内のロビーや天井にも取り入れられています。
今回は、改修工事を経て生まれ変わったホールの客席について、お話しを伺いました。

さぁ、きっともっと鈴鹿。海あり、山あり、匠の技あり


鈴鹿市都市整備部
住宅政策課
出口 慎也
2003年、技術職員(建築)として鈴鹿市入庁。
営繕部局に配属後、建築・都市計画行政を経て、
2014年4月から再び営繕業務に携わる。
主な業務は、市の所有する公共建築物の設計・監理。


株式会社FABRIKO
室長 チーフテキスタイルデザイナー
澤村 祐子
劇場ホールや議場、学校などを中心に、
全国で300件以上の公共施設のイス張地の
デザイン・提案を行う。
手がけた施設は東京芸術劇場、ロームシアター京都、
東急シアターオーブ、八丈町庁舎、NHK大阪ホールなど。

明るい表情で 耐久性を備えた「やさしいイス」

ホールの吊り天井耐震改修工事をきっかけに、客席イスをはじめロビーなどのお客さまが利用される空間をリニューアルされた経緯を、お聞かせいただけますか?

出口氏) 天井工事で足場を組むために、一旦イスを外さなければならない工程があり、まずは既設のイスそのものが復旧に耐えられるかという課題がありました。前回のイスの入れ替えから約30年経過していて、一部に機能的な劣化や痛みが見られることから、すでに改修設計時点で入れ替えようという判断がありました。
そこで、新しいイスは、どのようなものが良いかということになるのですが、既設のイスでは、膝の裏に当たる部分、つまり座面の角が擦り切れているものが多いので、摩耗に強い張地を使いたいと考え、電車の座席などで使われるモケット調の素材が良いと判断しました。その後、設計事務所さんを介して、張地に関するご提案をいただいていました。
コトブキシーティングさん・FABRIKOの澤村さんとの直接のやり取りは、2017年に入ってからでした。細かく要望をお伝えし、ほぼ毎回かなりのボリュームのプレゼンテーション資料を作成いただいていました。素材・色・デザイン・仕様など、段階ごとの選定理由も明快になりますし、ありがたかったですね。

澤村) 鈴鹿市は、「伊勢型紙」で知られていることからも、張地にとても興味やこだわりを持っていらっしゃることが想像できましたし、現地調査をはじめ事前に「鈴鹿市のホールならではの」という視点で提案書を提出していました。
打ち合わせでお会いして、お話しをお聞きしますと、張地の耐久性のことからカラーリング・デザインに至るまで非常にこだわられていて、鈴鹿市らしさを分かりやすく、広くアピールしたいというお気持ちが、しっかり伝わってきました。さらに、「デザインにストーリー性を持たせたい」と、お話しもされていました。具体的な柄の方向性については、「伊勢型紙の伝統的な柄などもいいですね」から始まり、「市のキャッチコピーや市の花があるので、組み合わせたような案はできませんか」というお話しをいただきました。コンセプトの方向性も非常に分かりやすく、向かう方向が明快でした。こちらこそ、大変ありがたかったです。

出口氏) 私どもが、市長へのプレゼンテーションをしながら選定していくなかで、「サツキの柄を使ったようなものはないか」というご要望を受けていまして。澤村さんには、さまざまご無理をお願いして、一からデザインを起こしていただいたというのが、この経緯のポイントですね。

澤村) 市のキャッチコピーが、「さぁ、きっともっと鈴鹿。海あり、山あり、匠の技あり」で、海にも山にも共通の「なみ」という要素がある。市の花「サツキ」と「波」を組み合わせた、いわゆる「サツキの波」です。この方向のもと、具体的にデザインしていくことは、やりがいがありました。

モケット調張地の選定のポイントは?

澤村) 物性比較資料も提出し、耐久性も高く、摩擦による色移りもしにくいなど、ご要望にお応えするよう、染色堅牢度の良いものを選定しました。また、伊勢型紙のお話しから、「プリントする」という技法にも、コンセプトがピッタリ合うということで、今回のこの張地を提案しました。

新年、こちらのホールでは成人式がこけら落としとなりましたが普段はどのような使われ方が多いのでしょうか?

出口氏) さまざまなイベントがありますが、基本的に多いのは、市民の交流の場として、地元の幼稚園・保育園の生活発表会や、小学校の音楽会、中学校・高等学校の文化祭といった用途です。
また、2階には、絵画・書道などの発表会にご利用いただける展示室があり、こちらも改修しました。保育園などの生活発表会の際には、子どもたちの待機場所としても使われています。

成人式もここですから、子供たちの成長とともにある市民会館ですね。ロビーやトイレも、変わりましたが。

出口氏) 客席のリニューアルから、ロビーの天井、男女トイレの改修へとつながるわけですが、ホールのテーマを明快にした、シンボリックなものが欲しかったので、「サツキの波」をあしらいました。これには、市民の誰もに伝わる一貫したストーリーを打ち出したいという想いがありました。

澤村) そういった意味でも、テキスタイルとして素材・技法・コンセプトが、バランス良くまとまったと感じます。色柄など型紙による染色と同じような雰囲気を持ち、それぞれの場に合った表現となっていますね。

出口氏) とても満足しています。

市民の誰にも伝わる一貫したストーリー


おふたりの今後の展望などを、お聞かせください。

出口氏) 現在は、令和3年に開催される「三重とこわか国体」の競技会場となる施設の改修設計を、まとめているところです。こちらも、大規模な改修工事になるので、今回の市民会館での経験を生かしたいと思っています。

澤村) 私も、良い経験をさせていただきました。以前から、単にイスの張地ということだけではなく、モチーフやストーリー性で、地域や学校、企業などのブランディングにつながるようなカタチまで張地の提案ができたらいいなと、思っていましたので、今回こうした展開をしていただけたというのは、とても意義ある経験でした。
出口さんが仰っていたのですが、「お客さまが来られて、市の職員が案内する際に、コンセプトの話ができ、市のキャッチコピーを話すきっかけになりますね」とのお言葉が印象的でした。
たとえ、イスの張地だけであったとしても、そうした提案ができることが理想的だと思います。今後は、イスの張地から、さらに壁やカーテンなどにもテキスタイルが展開されて、トータル的なコーディネートが実現できればと思います。ひとつひとつ大事に作って、大勢のお客さまの目に触れ、この布地は実はこんな意味やストーリーがあるということがきっかけで、コミュニケーションが生まれて、喜んでいただけたら本当に素敵ですね。出口さん、本日は、お話しありがとうございました。


取材:2017年12月
このインタビューは、コトブキシーティング株式会社のパンフレット「Hall being with citizen」に掲載されました。

居室データ